「あなたの心に…」

第3部


「アスカの恋 怒涛編」


Act.43 膝枕をどうぞ

 

 

 5月3日午前6時。

 さあ、行くわよ!愛のピンポン7連発!

 せぇ〜の!ピンポン、ピンポ…。

 ガチャ。

 え…。何で開くの。

「おはよう…アスカ」

「あ、オハヨ。シンジ」

 にっこり笑ってるシンジ。

 恒例のボサボサ頭にパジャマじゃない。

 ちゃんと着替えて、デイバッグを背負ってるじゃない!

 ど〜してよ!

 不満をありありと全身で表現して、私は腰に手をやりシンジを睨みつけたわ。

 寝起きのシンジを見られる絶好の機会なのに。

「あ、まずかった…のかな?いや、いつも寝てて悪いなって思ったから…。

 今日は早起きして、準備して待ってたんだけど…」

 気まずそうな顔をして、シンジが頭を掻く。

 準備…?待って…?

「いつから?ここで?」

「う、うん。5時過ぎかな?ここで本読んでた」

 あ、玄関マットのところに文庫本が。

 何だか嬉しい、な…。寝起きの顔は見られなかったけど、待っててくれたんだもん。

「ば、ば、馬鹿じゃない。そんなに早起きしてさ」

 2時に寝て、3時に起きた自分のことは棚に上げて、私はシンジに毒づいたの。

 あ〜あ、またやっちゃったよ。

 どうしてこんな風に言っちゃうんだろ。

「とにかく来なさいよ。朝食べた?」

「まだ」

「ふ〜ん、つまみ食いする根性があったらしてみる?」

 

 惣流家の台所は戦場だった。

 ママは揚げ物。パパはサンドイッチ。でもって、シンジはおにぎり担当。

 最初は私も作っていたんだけど、二人の出来上がりを比較したらやる気がなくなっちゃった。

 だって、シンジの凄く綺麗になってるんだもん。

 ど〜せ、私のはでこぼこしてるわよ。

 結局私は出来上がった美味しそうなおかずをタッパーにつめていく係り。

 違うわよ。他の3人のレベルが高すぎるの。

 だから、私は謙虚にこの役目に甘んじているわけ。わかる?

 パパも元々ベーカリーショップの倅だから、サンドイッチなんか作らせたら、ママより上手なんだもん。

 でも、鼻歌唄うんなら、アンタの容姿ならドイツ語で唄ってよね。

 頼むから、その吉○新喜劇のテーマだけは止めて。

 うちのメンバーのキャラクターには合ってるんだけど、紅毛碧眼の大男じゃギャップがありすぎるのよ。

 あ〜、いい匂い。

「ねえ、パパ。一切れもらっていい?」

「あかん。働かざるもん食うべからずや」

「私だって、働きたいけど、入る余地がないじゃない…」

「なんや、すねとんか?アスカらしゅうないな」

 私はプゥ〜と膨れてみせたわ。

 パパは『しゃあないな』とハムサンドをくれたわ。

 美味しい!

 

 

「そんな!どうして、こんなことするんだよ!」

 やっぱりね。

 思った通り、シンジは怒った。

 そりゃそうよね、シンジのトラウマの根本だもの。

 両親とマナ親子を失った交通事故。

 その原因を作ったのが、輸血のために後から追いかける形になった自分。

 そう思い込んだシンジ。

 やっと明るくなったシンジをこんな状況に追い込むなんて私って鬼よね。

 いいの。私は鬼になるって決めたの。

 どうせ、シンジにはレイがいるんだから…。

 私がシンジに悪く思われたって…。

 ……。

 ホントは思われたくないよぉ!やだよぉ!

 でも…、でも…。

 ここでシンジを乗り越えささないと。

 せっかくここまでサルベージしたんだから、陸の上をしっかり歩かしてあげるんだから。

 そのためには、シンジにどう思われても…仕方…ないじゃないさ。

 これができるのは、全世界でこの私だけなんだから。

 さあ、自信を持って、アスカ!

 私は滝のような涙を心の内にとどめて、腰に手をやりシンジに相対したわ。

「よく聞きなさいよ!

 自分を責めてもいい。亡くした人を悲しんでもいい。

 でもね、前に進まなきゃいけないの。生きてるんだから。

 それが生きるってことでしょ!

 アンタは生きていくんだから。みんなの分も背負って生きていかなきゃいけないんだから!

 それとも、逃げる?逃げ出す?

 アンタは生きるの。これからずっと生きていくの。

 だから…、だから、一緒に来なさい!馬鹿シンジ!」

 私は一気にまくし立てて、シンジを睨みつけたの。

 シンジは…硬い表情をしているけど、目を逸らしてはいない。

 いいわ。いい徴候じゃない。

 初めて出会ったときみたいに視線を外すようなことをしたりはしない。

 私はごくりと唾を飲み込んだ。

「私はアンタをちゃんと真っ直ぐ歩かせる。

 アンタがどんなにいやがってもね。

 さあ、どうする?碇シンジ。

 逃げる?いいわよ、逃げても。

 いやだったら、私の前から逃げなさいよ。

 ……逃げる?」

 さすがに最後の一言は言葉が震えたわ。

 逃げないで…お願い。シンジ、私と来て!

 シンジは青い顔をしている。

 それでも…唇をかみ締めて、私をしっかり見ている。

 ねえ、シンジ。

 シンジ!

 シンジっ!

 私の心がシンジに伝わるように、私はありったけの想いを込めてシンジを見つめた。

 ……。

 そして、スッと…シンジは視線を逸らしてしまった。

 駄目なの…シンジ。

「負けたよ…」

 小さな声で、確かにシンジはそう言った。

 ほ、ホント…?

 それからシンジは私を見て、ぎこちなく微笑んでくれた。

「あ〜あ、何だかアスカにはいつも負けてるような気がするよ…」

「じゃ…一緒に来て…くれるの?」

「うん。行くよ…。ありがとう、アスカ」

 うっ…。

 耐えるの、耐えるのよ。

 私は胸に込み上げてくるものを必死に抑えたの。

 嬉しいな…、ホントに。

 

 車は走る。

 温泉に向かって。

 

 そのはずだった。

 ところが全然、車は前に進まないのよ!

 これが日本名物渋滞ってヤツなのね。

 噂には聞いていたけど、これは凄い…というか信じられないわね。

 高速道路に入って2時間たっても1kmも進んでないじゃないのよ!

 こんなので目的地に到着するのぉ?!

 一人不平不満を叫ぶ私はママに叱り付けられた。

「静かにしなさい。渋滞は計算済みよ」

 どうやら私以外の3人は渋滞にそれほどの不快感を持っていないみたい。

 あきらめ…ってヤツ?

 何か頭くるわね、それって。

 こうならないように何か手を打てばいいんじゃない。そうよ。個人でできないなら、政府を動かすのよ。

「あの…アスカ」

「何…!」

「あのさ、何か燃えてるみたいだけど…、食べる?」

 隣からシンジがサンドイッチのタッパーを差し出したわ。

 パパ特製のサンドイッチ。

「もちろん、食べるわっ!」

「そんなに、気張らなくても…はいどうぞ」

 シンジは苦笑してる。

 私ってそんなに変?

 

 おなかが一杯になったら眠くなっちゃった。

 だって周りの景色はほとんど変わんないし、カーステレオも眠気を誘うような曲。

 まあ、ガンガンくる曲聴いてたら、この状況じゃイライラするだけよね。

 それに…さ、ホントはシンジの顔を見てたら飽きないんだけど…、

 まさかずっと見ているわけにいかないじゃない。

 ちらりちらりと見るだけ。

 シンジは開いた窓に頬杖をついて外をぼんやりと眺めている。

 私の方を見ててくれたらな…。

 あらら…これは…眠っちゃいそう…そりゃあ1時間しか寝てないもん…ね…。

 ママも助手席で寝てるみたいだし。

 ごめんね、パパ。私、パパを見捨てるわ。おやすみなさい。

 寝てる間に不可抗力で、隣のシンジの肩を枕にしちゃおうかな?

 無意識でしたことだったら、恥ずかしくないもんね。

 よ〜し、そうなるような夢を見ますように…!

 

 ここはどこ?

 廃墟のような建物。

 私の足元に、ボロボロの新聞があった。

 拾い上げてみると、とんでもない見出しが目に飛び込んできた。

『隕石?怪物?核ミサイル誤爆?南極消滅!地軸の歪みと大洪水で地球滅亡か?』

 げげげ、地球が滅亡したの?

 私、生き残ったの…?

 誰か…誰かいないの?

 誰もいない。いや、誰かが向こうから歩いてくるわ。

 やった!私一人じゃないんだ!

 わ!歩いてくるの、シンジだ!嬉しいよぉ!

 シンジが生きてた!そうよ、私とシンジが、アダムとイヴになって地球を再生するのよ!

 『シンジぃ!』

 私がシンジに手を振ると、シンジの顔は恐怖に歪み、そして逃げ出してしまった。

 『待って!シンジ!』

 『いやだ!助けて!』

 『待ってよ!私がイヴで、シンジがアダムなのよ!』

 『助けて!猫娘と夫婦になるのはいやだぁ!』

 へ?そういえば、さっきから口に咥えているのって、秋の風物詩、よく焼けた秋刀魚じゃないの!

 壁に残ってた割れ鏡に顔を映すと…。

 OH!MY GOD!

 私は猫娘だったわ!

 

 ふへぇ…。

 あ、夢か…。

 また、滅茶苦茶な夢、見ちゃったわね。

 うぅ…でも、もうちょっと…眠りたいな…だって…凄く気持ちいいもん…。

 少し固めだけど、何か凄く暖かいな…この枕。

 家にこんな枕あったっけ?

 ……。

 あれ?

 ここ家じゃないよね。うん、旅行中だったわ。

 えっと…そうよ、車の中。

 で、この枕は…。

 足は…膝で曲げてるわね。で、仰向けで…、タオルか何かがお腹から下にかかってる。

 で…。

 右のホッペが接してる部分って…、枕にしてるのって…。

 私は渾身の勇気を振り絞って、1.5mmだけ目を開けた。

 !!!!!!!

 上空45cmにシンジの顔を発見!

 これって、これって、これって……。

 ドイツ語で、"Kniekissen"。

 英語で、"Head on the lap"。

 日本語で言うところの、膝枕ってヤツじゃないの!

 ぼふっ!

 い、いつの間にこんな…こんな、幸福度200%の状態になったのよ!

 ヤダ。恥ずかしいよぉ!

 私は薄く目を開けて…、慌てて目を閉じたわ。

 もう一度、薄く目を開いてみる。

 シンジはやっぱり外を見ているみたい。

 私は目を瞑った。

 キキッ。

 小さなブレーキ音とともに車が止まったわ。

 また?でもいいわ。渋滞もいいじゃない。こんなことなら後何時間渋滞してもいいわよ!

「はい、着いたわよ」

 げげっ!そ、そんな…まだ10分も楽しんでないよぉ!

「はい、アスカ。起きなさい!シンジ君が動けないでしょ」

 私は不承不承目を開けた。もちろん、今起きたように装ってね。

 わざと欠伸したりして。

「あ、おはよ。あれ?あ、ごめん、ま、枕になってくれてたんだ」

「う、うん」

「アスカ。アナタ女の子なんだから、おとなしく寝られないの?ごめんね、シンジ君」

「あ、いえ、かまいません」

「そ、そんなに…?」

「ええ、それはもう。最初は肩を枕にしてもらってて、そのうちずるずるとシンジ君の膝に沈んでいったのよ」

「そうだった、の?」

「よくもああ器用に足をたたんで寝るもんだってみんなで感心してたのよ」

「せや、ホンマは起きとるんちゃうかってな」

「パパ!」

 うん。起きてたらそんなことできないよ。恥ずかしくて。

 私はシンジに素っ気無く礼を言ったわ。

 だってまともに顔が見られなかったから。

「あ、アリガトね。世話になったわ」

「い、いや、こちらこそ…」

 ぷっ、変な返事。ま、シンジらしいけどね。

 膝枕か…。

 ところで、シンジのオフィシャルファースト膝枕は、誰のものなんだろ?

 シンジにしてあげたのは、レイだったのよね。

 じゃ、シンジに最初にしてもらったのは…、

 私だったら、嬉しいな…。

 でもたぶんマナだろうな。

 マナ…一人で何してるんだろ?

 あ、シンジがいないから、お隣に行って…。駄目よね。結界貼られちゃったんだっけ。

 一緒に行こうよって言ったのに、

 幽霊は温泉に入れないからヤだ、って言い張るんだもん。

 ずっと家でぶらぶらしてるって。

 眠らなくてもいいって、いいことかなって思ってたけど、

 それって凄い時間が無理矢理与えられてるってことよね。

 何だか可哀相…。時間がありすぎるのも考え物ね。

 マナにいいお土産話ができたらいいな…。

 

 駐車場に降り立つと、家の車の真横にとんでもない車があったわ。

 黒塗りのベンツ。

 こんなので温泉来るヤツの顔が見たいわ。

 ……って、乗ってるじゃない。

 黒サングラスのいかついオヤジ。

 これって、あっち方面の人よね。

 目をあわさないようにしましょ。

 さて、それよりも、温泉。温泉!

 

 

 ……。

 

 

 信じらんない…。

 

 どうして私とシンジが二人部屋なのよぉ!

 

 

 

 

 

Act.43 膝枕をどうぞ  ―終―

 

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第43話です。
『アスカとシンジの温泉旅行』編の前編になります。楽しい家族旅行のはずが、どうして二人部屋なんでしょう。あ、RにもXにも進みませんよ。それだけは断言できます。ご期待の方がいらっしゃるかもしれませんが、ジュンには書けません。はい。